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ゴルファー赤星六郎と近衛文隆はプリンストン大学で活躍した
赤星六郎と赤星四郎
赤星六郎は日本オープンゴルフ選手権と日本アマチュアゴルフ選手権に優勝。赤星四郎は日本アマチュアゴルフ選手権を2回優勝しています。
赤星六郎のフィニッシュは独特で「六の膝うち」「沈むフィニッシュ」としてアメリカでもゴルフマスコミの話題となりました。
フィニッシュしたあとに右ヒザを地面につけるように沈むことから、こう命名されたそうです。
赤星六郎はアマチュアゴルファーばかりでなく、当時のプロゴルファーにも技術指導をしていました。
薩摩藩の洋学者の子として生まれた赤星四郎はペンシルバニア大学へ留学してゴルフを覚え、赤星六郎はプリンストン大学に留学したことでゴルフを覚えました。
また、赤星六郎は大学ゴルフ部のキャプテンを務め、1924年にパインハーストでの春期大学競技会で見事優勝するという実力者でもありました。
次にパインハーストで活躍した日本人は、近衛文隆でした。
やはりプリンストン大学ゴルフ部キャプテンで、豪快な飛距離が有名な選手でした。チームを優勝に導いた近衛文隆は、大学から最優秀選手として表彰されました。
その後、近衛文隆が留学途中で帰国せざるを得なくなったのは、第2次世界大戦中のことでした。
父親の近衛文麿が首相となり急遽呼び寄せられたのです。近衛文隆はシベリアで無念の死を遂げるのだが、もし文隆が生きていれば、戦後の日本ゴルフ史はアメリカナイズされたかも知れません。
その後、パインハーストで宮本留吉がボビー・ジョーンズと親善マッチをして、5ドル紙幣を巻き上げ、それにボビー・ジョーンズのサインを貰った話は有名です。
アマチュアの赤星六郎が第1回日本オープンゴルフ選手権を制しましたが、プロゴルファーが日本オープンゴルフ選手権を制したのは、第2回大会でした。
優勝したのは浅見緑蔵選手でした。当時は浅見緑蔵、宮本留吉、安田幸吉、戸田藤一郎というプロゴルファーが活躍し、彼らは率先して海外遠征にも出かけていました。
また逆に、1930年には、ウォルター・ヘーゲンやジーン・サラゼン、ボビー・クルックシャンク、ビル・メルホーンという世界的名手を招いてエキジビションマッチを各地で開催しています。
第2次世界大戦を挟んで、日本のゴルフは大衆化へと進んでいきました。特に1957年、日本で開催したカナダカップ(現ワールドカップ)に中村寅吉、小野光一が団体優勝し、中村寅吉は個人優勝したことが、ゴルフブームの火つけ役となりました。
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